喫茶店での待ち合わせに遅れてくる人への感謝

ある日、朝の10時に喫茶店で待ち合わせ。俺は時間ぴったりよりも10分前着を基本としている。古風と言われようとも、いやビジネスライクだねと言われようとも習慣は変わらない。そろそろ店に到着するかなというところでメール、「ちょっと遅れます」よくある事だ。

20140422

時間の流れ方は誰にでも平等か

俺はもう40年以上生きてきて、歳をとるごとに時が流れるのが早いなと感じていた。それは別の言葉で言い換えれば「ここ最近新しい発見も驚きも感動もなく、またいつもと同じような出来事が繰り返されている」となるかもしれない。

しばし感情的に語ることが許されるのならば、若い頃は発見と驚きと感動の連続だった。そして集中して、何事にも左右されず、何事にも追われず、没頭し没頭しその時間を大切に思う間もなく、大切にして生きていた。

シュトレーゼマンの言う「没頭とは」

没頭しろと言っていマス、あれは美しいラフマニノフの話だったか、それともブラ1(イチ)の話だったか。おそらく公演前の千秋は1日24時間のうち、24時間を音楽に没頭していたんじゃないかな。

何事かに集中している時間は早く流れるようでいて、とても長い。禅問答のようだが実際、時が流れたあと振り返るととても充実した長い時間を過ごしていたということになるだろうか。

間違いに気づいた瞬間

喫茶店に9時50分に着いた俺は、ゆっくりとメニューを見た。当分待ち合わせの相手は来ない。少なくとも20分くらいは暇な時間ができた、落ち着いた喫茶店、クラシック音楽が流れるガラガラの店内。なるべく全ての動作をゆっくりと、贅沢に時を刻むように、なるべく10時10分までの間にすることがなくならないように、自分はロールパンにツナとタマゴ、2種類のサンドイッチがついたモーニングメニューを頼んだ。

気づいたのは偶然だった。俺は日々焦って暮らしていたらしいのだ。それはこの入店したばかりの喫茶店で偶然気づいたわけだが、俺は開放され喫茶店に没頭していたのだ。そう普段は「あ、もう8時だ、待ち合わせの10時まで2時間しかない」「あ、もう8時半だ、待ち合わせの10時まで90分しかない」こんな風に今自分がいる時間と次の予定までの時間を把握に一生懸命だった。

文字通り時間に追われる

時間には追われちゃいけない、時間は何もしなくて流れている。時間との付き合い方は学校では教えてくれない、喫茶店での過ごし方も義務教育では教えてくれない。

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